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巻頭の写真は、新潟市江南区にある旧亀田浄水場である。「水と土の芸術祭2009」を市民レベルで支えるサポーターたちの活動拠点になっている。昔から「向山の桜」として親しまれ、場内に設置された高架水槽は文化庁の登録有形文化財に指定されている。
よし、ここもひとつ、スポーツかくれんぼ「良寛杯みずっち大会」のフィールド候補に上げてみようというわけである。公園ではないため大きな広場はないけれど、ピンク色の地上タンクの陰など隠れる場所はありそうだ。永くこの地に聳え立ってきた高架水槽は地域の人たちに昭和の香りを降り注いでいるはずで、地域の水、土、そして活力あった時代を思い起こさせるシンボルになってくれるだろう。かくれんぼはそのイメージを喚起させるスイッチとして皆の心に作用する。まずは市民サポーターへ、夏の予選会、秋の決勝大会へ向けた競技体験の場としてフィールドの潜在力を見出していこう。
てんぐ様としても煙突には心引かれる。空を駆けるおり一休みできるということもあるが、かくれんぼの隠れ場所としてイマジネーションをかきたててくれる。外付け階段を昇り、トップの開口部から身を中に滑り込ませ、内壁に手と足を突っ張って身体を保持する。まず見つからない。しばし悦に浸る。しかし、いつまでたってもオニが見つけられそうにないとわかるとつまらなくもなる。ススで汚れ、けっこう危険を冒してのかくれんぼが報われないのは寂しく、隠れ場所を移動してあっさり見つかったりする。
今どきの社会風潮のなかでは命を晒しかねない遊び方は推奨できないが、危険と隣り合わせ、あるいはスリルと隣り合わせ気分を満喫できる遊びは子供たちの勲章だ。
松本清張の小説「砂の器」で、最終的には島根県出雲地方にある「亀嵩(かめだけ)」に至るのだが、被害者が今際の際に言い残した「か・め・だ・・・」を頼りに刑事が先ず訪れたのが「かめだ」。ここは作品に登場するその地ではない。秋田の亀田への刑事の訪問は徒労に終わるのだが、今夏から始まる「水と土の芸術祭」では、スポーツかくれんぼみずっち大会が大いなる成果を上げることになる。甲羅の中に首をすくめて隠れっぱなしにならず、果敢に攻め合って欲しいものだ。
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